若き日の思い出(中学校吹奏楽部副産物編その4)
中学校で部活動ばかりしていた事もあり受験には失敗した。
学業で学年上位には入っていたがいま一歩力が及ばなかった。
年が明けても難易度的に難しい状況が続いていたので、
第1志望校はそのままで第2志望校を手堅い学校にした。
当時の公立校受験は、
試験成績点と内申点を傾斜、例えば6:4にしている学校もあれば、
五分五分に扱っている学校もあった。
私は少し通学に時間がかかってしまうが、
第2志望校に内申点で保険をかけ、
評価を五分五分にする準進学校にしたので何とかなった。
あそこで多くの進学校が採用する6:4の学校を受けていたら、
轟沈していたかもしれない。
だが入学してから分かった事は、
6:4の進学校にした方が同期に恵まれただろうという事であった。
中学校の部活で燃え尽きたので高校生活は何となく遊んで過ぎ去った。
当然、その報いはまたしても受験に跳ね返ってきたが。
時が流れ就職活動の時、
最終面接でまさか中学校時代の部活動に話が及ぶとは思はなかった。
たまたま役員が学生時代に私の楽器と同じものを担当しており、
もの凄く波長が合った。
その為か私は就職できた。
若き日の経験がこんなところで縁になるとは思ってもいなかった。
経験の一部でもどこでどうなるのか分からないものである。
いまでも一日一日の経験が全て役に立つとは思っていないけれど、
何かしら縁がある事もあるのかなと思いながら過ごしている。
長々と吹奏楽部時代のエピソードなどを綴ってきたけれども、
これでひとまず中学生の頃の思い出は終わります(多分)。
学業で学年上位には入っていたがいま一歩力が及ばなかった。
年が明けても難易度的に難しい状況が続いていたので、
第1志望校はそのままで第2志望校を手堅い学校にした。
当時の公立校受験は、
試験成績点と内申点を傾斜、例えば6:4にしている学校もあれば、
五分五分に扱っている学校もあった。
私は少し通学に時間がかかってしまうが、
第2志望校に内申点で保険をかけ、
評価を五分五分にする準進学校にしたので何とかなった。
あそこで多くの進学校が採用する6:4の学校を受けていたら、
轟沈していたかもしれない。
だが入学してから分かった事は、
6:4の進学校にした方が同期に恵まれただろうという事であった。
中学校の部活で燃え尽きたので高校生活は何となく遊んで過ぎ去った。
当然、その報いはまたしても受験に跳ね返ってきたが。
時が流れ就職活動の時、
最終面接でまさか中学校時代の部活動に話が及ぶとは思はなかった。
たまたま役員が学生時代に私の楽器と同じものを担当しており、
もの凄く波長が合った。
その為か私は就職できた。
若き日の経験がこんなところで縁になるとは思ってもいなかった。
経験の一部でもどこでどうなるのか分からないものである。
いまでも一日一日の経験が全て役に立つとは思っていないけれど、
何かしら縁がある事もあるのかなと思いながら過ごしている。
長々と吹奏楽部時代のエピソードなどを綴ってきたけれども、
これでひとまず中学生の頃の思い出は終わります(多分)。